2016年 03月 22日
共働学舎と自由学園 |
先日目白にある1921年フランク・ロイド・ライトが設計した明日館の向かいにある付属建物(遠藤楽設計)で行われたNPO共働学舎の総会に松井と行ってきた。約40名程の理事、会員の集まりであるが、そのほとんどがこの明日館を作った自由学園の卒業生達である。
以前にもこのBLOGで紹介したが、故宮嶋真一郎先生(共働学舎の創業者)は昔自由学園男子部の先生であり、自由学園創業者の羽生もと子先生・吉一先生の思想に強く共感し、1974年自由学園を去った後、長野県の山奥の小谷村で数名の共鳴する人達と「共働学舎」(自給自足の共働生活)を初められた。
緑の芝(先日はまだ緑にはなっていなかった)だけの庭園を前に、高さを極力抑えたプロポーションの建物 大谷石を床に腰壁にとふんだんに使い、内部は漆喰壁と木を基調にしている。 校舎でありながら、雰囲気のある食堂と合理的且つ暖かみのある厨房が中央にあり、自由学園の教育方針である生活重視の重要な場所となっている。生徒に昼食の準備、買い物そして調理をさせ、生活に役立つ実践教育を行った。 今は国の重要文化財となり一般公開されている。色々な催し物の会場として又結婚式場としても人気がある。 自由学園そのものは東久留米の校舎群にまとめている。 現在の東久留米市にある自由学園(ライトの弟子の遠藤楽氏の設計) 宮嶋先生は、自由学園では男子中等部の英語の先生でいらしたが、生徒達に木の苗を植えることからはじまり、木を育て最後には木で自分の椅子を作る事が卒業課題だったと聞いている。 25年程前に南小谷の共働学舎で宮嶋真一郎先生とその生活者達で作った総桧の 「かおるハウス」 共働学舎
羽生もと子・吉一夫妻の作った自由学園は生活重視の教育方針で、全寮制で寝食を共にしながら「考え、生活し、祈る」ことを基本においている。知識の詰め込み、成績本意、試験の為の教育をする学校とは全く目指している方向が違う。その教育方針に感銘を受けたアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトが「生徒と校舎は一体のもの」としてこの明日館を設計した。建築と教育方針が一体となった学校建築である。
「共働学舎の構想」の文章の中に、このような問いかけがあったので、紹介したいと思う。
医学と薬品が発達するのに比例して病者が益々多くなるのは何故か?
物質と知識が豊かになる世界に障害が増してゆくのは何故か?
教育制度が進む程落ちこぼれといわれる生徒が増えるのは何故か?
by matsui-ken
| 2016-03-22 10:09
| 共働学舎
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